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2022.03.22 創傷治療・形成外科

創傷治療とは

創傷という言葉を辞書で調べると「切り傷」「擦り傷」とあります。もともと「創」は刀できずつくこと、「傷」は矢によってきずつくことを意味し、両者とも皮膚の離断がある「きず」を表現していました。それが時代を経て、
「創」は外界と交通のある=皮膚粘膜に離断のあるきずを
「傷」は外界と交通の無い=皮膚粘膜が離断していないきずを
意味するように区別されるようになったのですが、あまり厳密ではないようです。
よく似た言葉に「損傷」がありますが、基本的には外力によるきずであり、一般的には機械的損傷と非機械的損傷を総称して「創傷」という言葉が使われています。
つまり「創傷治療」とは「外力によるきず(擦り傷、切り傷など)を治す」ということになります。

新しい創傷治療の考え方

当院では創傷治療を行うにあたり、原則として

  • きずを乾燥させない
  • 消毒をしない

という方法を取り入れています。

これは湿潤環境下での創傷治療(Moist Wound Healing)という考え方で、近年注目されてきている治療法です。かつての常識であった「きずを消毒し、ガーゼで管理する」という考え方から、「消毒剤を用いずにドレッシング剤(被覆材)で創面を湿潤に保ち管理する」治療法で、「湿潤療法」とも呼ばれています。

従来、皮膚の外傷のような創傷治療の考え方は

  • きずは乾かすと治る
  • きずは消毒するものであり、消毒しないと化膿する
  • きずはガーゼで覆う
  • きず(特に縫合した創)は濡らしてはいけない

というのが原則とされていました。しかし「湿潤療法」では、

  • きずは乾かすと治らない
  • 消毒しても化膿は防げない
  • 消毒はきずの治癒の妨害になる
  • きずをガーゼで覆ってはいけない
  • きずは洗ってもよい

という今までとは全く違った考え方をしています。

なぜ乾かしてはいけないのか

では、なぜきずは乾かしてはいけないのでしょうか。それは「きず=創傷がどのようにして治るのか」に関係しています。創傷の治療とは、皮膚が損傷を受けて失われた組織を再生させることであり、その過程において皮膚の構造が重要になってきます。
皮膚は表面から「表皮」と「真皮」と呼ばれる2層の組織に分かれています。この2層はそれぞれ発生の由来が違った組織であり、言い換えると「表皮」が失われた場合、「真皮」から再生することはない、ということを意味します。そこで表皮が再生するにあたり「真皮が残存しているか、していないか」がカギとなるのですが、この「真皮」には毛根や毛孔、汗腺が含まれています。実は毛根などは表皮の一部であり、表皮の連続した部分が真皮に入り込んでいるという構造を成しています。
「真皮が残存している」ということは、毛根なども残存しているということであり、ここから表皮の細胞が表皮の欠損した部分、つまり創傷に向かって移動してきます。同時に損傷を免れた周囲の健常な皮膚からも表皮細胞が移動してきて、露出した真皮の上をこれらの表皮細胞が覆った状態が再生いわゆる治癒した状態となるのです。
この時、創面(創傷した面)が乾燥していると移動出来ずに死滅してしまいます。細胞が生きていくためには適度な湿潤環境が必要であり、露出している皮膚も乾燥に非常に弱く、乾燥状態が続けば容易に壊死(組織や細胞が死んでしまうこと)してしまいます。
このことから「きずは乾かすと治らない」ということになり、裏返せば「適度な湿潤環境が創傷治療には不可欠」ということにもなるのです。
「真皮が残存していない」場合は、毛根なども残存していませんので、周囲の皮膚から移動してくる表皮細胞が治癒のカギとなります。その表皮細胞を助けるのが「肉芽組織」と呼ばれる組織で、創面を覆うと同時に自身が持つ収縮能力で治癒を働きかけます。しかし、この肉芽組織も乾燥させると壊死してしまう為、創面の乾燥は絶対避けなければいけないのです。

皮膚の断面図

なぜガーゼで覆ってはいけないのか

では、湿潤環境とはどういう環境の事でしょうか。それは「生物に本来備わっている創傷治癒能力を最大限に発揮する為に、外から水分を補充するのではなく、創面から分泌される浸出液によって湿潤な状態が作られた環境」ということになります。
生体には何らかの損傷が加わると、組織修復に必要な細胞を局所に呼び集め、組織を修復・再生する能力が備わっています。この時必要な細胞を呼び集め、細胞同士の調節にあたるのが「細胞成長因子」と呼ばれる物質で、血小板やマクロファージが産生の中心的役割を担っています。よく傷が「ジュクジュク」すると言われますが、この「ジュクジュク」が「傷が化膿した」と誤解されています。実はこの「ジュクジュク」が「細胞成長因子」なのです。つまり傷を治す為に、創面の組織が「ジュクジュク」を分泌しているのです。
もう一つ身近な例として、火傷の際に出来る水疱(水ぶくれ)があります。この水泡は破らない方が火傷は早く治るというのは、水泡の中の液が細胞成長因子を含む浸出液であり、この液で創面が湿潤に保たれていたからなのです。
このように湿潤環境を保つ為には、創面が乾かないように密封する治療を行う必要があります。つまり「創傷治癒因子である細胞成長因子を創面に保持し、創治癒を速める治療」となるのです。
ガーゼを使用してはいけない理由は、この湿潤環境を保つことと大きく関係してきます。ガーゼは吸水性が高い為、覆われた傷表面がどんどん乾燥してしまいます。乾燥した為に、傷表面の細胞が死んでしまい、傷の治癒速度が遅くなってしまうのです。その上、ガーゼの網目は傷に食い込み、また貼り付いてしまう為、剝す時にすごく痛いし出血してしまいます。剝す度に傷表面が深くなっていく上に、せっかく集まってきた細胞も一緒に剝してしまうのです。このことはガーゼが傷を治しているというより、傷を障害していることになってしまいます。ちなみに傷にくっつかないガーゼというのもあるようですが、これだけでは傷の乾燥は防げない為、やはり使用すべきではないといえます。

皮膚断面図2